彼女の人生は裏切りと暴力そして偽りで埋め尽くされていた。
もともとは人間とアルヴの両親の間に生まれた良い所のお嬢様だった。
父親は有名な資産家で、住んでいた町で一番の権力者だった。
母親は彼女と引き換えに命を落としてしまった。
7歳離れた姉はとても優秀な人物で英才教育を受けた人間の娘だ。愛嬌があって要領も良かった。
ソレに対して彼女は要領も悪く、引っ込み思案で更にアルヴという種族のために世間体を気にした父親の意向により、病弱ということにされて彼女の姿を世間から確認出来ないようにした。
上記の理由から屋敷の中でも父親からは出来が悪い事で疎まれ、召使いには腫れ物のように扱われる生活を送っていた、
それでも自分に優しくしてくれる姉の事は大好きで、そんな姉と遊ぶことが唯一の幸せだった。
姉はよく彼女に言っていた。
「約束して?今が苦しくても、これから幸せなことが必ずやってくる。その時のために出来る事をして希望を迎える準備をするのよ?」
この言葉は彼女の中で未だに根強く残っている印象的な言葉だ。
しかし、彼女が5歳の時に事件が起きた。
資金難に陥っていた父親は、アルヴで要領が悪く根暗な彼女を死亡したことにして都合良く奴隷商に売られてしまったのだ。
これは彼女が覚えてるうちの一番最初の"裏切り"である。
彼女を買った相手はとある暗殺組織の元締めだった。
元締めは彼女を買い取ると、まずは右目を刳り抜いてそこに手製の義眼を嵌めた。
これは義眼の持ち主の位置情報と製作者或いは装着者の意志で炸裂機能が付いている。
暗殺組織の一因になる際に必ず仕込まれるもので、その暗殺集団である証と言っても過言ではない。
彼女はその時から「出来の悪いアルヴのお嬢様」から「人としての名もない暗殺者」となったのだ。
それからしばらくして組織の中でも優秀な暗殺者である男から目をかけられることになる。
技術の稽古を付けてくれたり、食事を共にしたり、吸精をさせてくれたりと、とにかく何かにつけ行動を共にすることが多かった。
彼は彼女にとって初めて「純粋に自分の存在を認めてくれる」相手だった。
そして彼女が彼の事を異性として好きになるのも時間がかからなかった。
どれだけ「感情を捨てる」という訓練を行っていても、彼女にとってそれはとても難しいことだった。
コレが彼女の「初恋」となる。
しかし、組織内で「恋愛」というものはご法度もご法度である。
コレが周囲の誰かに知られ、元締めの耳に入れば良くて懲罰、最悪の場合「処分」される事となるだろう。
それ故に彼女は必死にその想いを隠した。だが、想い人もソレを察したのだろう。
ある満月の晩、「共に組織を抜けて、普通の生活をしないか?」という誘いを想い人から受けたのだ。
彼女は自分の想いが通じていたこと、優秀である彼とならこの組織から抜け出せるかもしれないこと。
何よりこれから先ずっと最愛の彼と共に暮らせるようになる。
これが決め手となり組織からの離脱を決行しようと考えたのである。
決行当日、約束の場所に約束の時間になっても想い人の彼は現れなかった。
仕方がないので、自室に戻ろうとしたその時である。
聞き覚えのある声が聞こえた。
耳馴染みのある想い人の声だ。
しかし耳に入ってきた言葉は耳を疑うものだった。
「裏切り者が居るぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になるような感覚になった。
周りの色がすべて白黒になるような、そんな感覚だ。
それからのことはあまり覚えていない。とにかく死物狂いでその場から逃げた。
かつての仲間が攻撃を仕掛ける音、自分の骨が軋む音、血の匂い、眼窩の痛みと焼けた肉の匂いが印象に残っていた。
気が付くと、森の中に居た。
近くで籠もった水の音がして、そちらへ向かった。
森の中を川が流れていた。のどが渇いていたので水を飲んだ。
川の水に反射して自分の姿を見た。
右目があるはずのその場所には、黒くぽっかりと穴が空いていて、そこからは血が流れていた。
右耳からも血が流れていて、音が聞こえづらいのはこのせいなんだな。と思った。
自分は利用されて、裏切られた。
そう気付くのに時間はかからなかった。
(これが今までの彼女の人生の中で最大最悪の"裏切り"である。13歳の時の事だった。)
気付いた時、全身の力が抜けて川辺に倒れ込んでしまった。
疾うに肉体は限界を超えていたのだ。しかし、追手もすぐそこまで来ている。
限界でも動かなければ死ぬ。彼女は体を奮い立たせた。
なんとか体を起こして逃げようとするものの、ヒトの体はそんなに都合よく出来ていなかった。
彼女は追手に追いつかれて囲まれて、死を覚悟した。
しかし黒い人影が追手と自分の間に割って入ったのを確認した。
遠のく意識の中で覚えているのは黒い人の背中は大きくて髪は金色で黒色の何かを拳に纏わせて戦っていたようだ。
漠然と「こんな強そうな人になりたい」と思った。
次に気がついた時は、見知らぬ天井が写っていた。
辺りを見回すと、どうやら宿屋らしき場所の一室に居るらしかった。
体を起こせば様々な場所にしっかりと痛みを感じて、生きてる実感が湧いた。
部屋には鏡があってそれで自分の姿を見た。
無いはずの右目はちゃんとした目が入っていた。視界はないので、恐らく義眼ではあると思うが。
それから首から三角巾で腕を吊られていたり、本で読んだことがあるきちんとした治療が施されたのだと気付いた。
彼女はすぐにその部屋から飛び出して、その場から逃げ出した。
もう誰も何も信用ができなかった。自分の周りには、自分を裏切るか利用する人間しか居ない。
そう思い、彼女は一人で生きる事に決めた。姉の言葉など忘れたかった。
そこからは「人としての名もない暗殺者」から「他人を信用せず、必要とあらば他人を蹴落とし自分自身のためだけに生きる女」となった。
時は経ち、5年後の事である。
いつものようにスラム街でチンピラをボコボコにしてマナを勝手に吸っていた時だ。
自分の目の前に飛んできたチラシを気まぐれに拾って確認した。
内容は「エトワール・フィラント号!空兵募集!」と書かれたものだった。
ソレを見て、ニヤリと表情を歪ませる。
彼女はちょうどこんな生活にも飽きてきたところだった。
空兵になって次の居場所を見つけるのも一興と考えたのだ。
「どうせチンピラの集まりのような連中だしな。アタシも浮かねえだろ。」
そんな言葉を零しながら、空兵団の船である「エトワール・フィラント号」のもとへ向かったのである。