――幼いころ、「何か」の襲来があった。最後まで守りを務め、皆が逃げる時間を作った両親の背中は、別れの時の表情は、炎と叫び声の記憶と共に、今も脳裏にくっきりと焼き付いている。

だから少女は、一族「ティケ」、父「エイホン」、母「リャザット」の名を、孤児院の辛い日々を潜り抜けても忘れる事はなかった。誇りと、哀しみと共に。いや、それこそが感受性の源を護っていてくれたのだろう。

エリスの片目は中心にアビスシャードを宿した竜玉そのものであり、そこには魔域への扉がある…が、それは竜玉の中の未だ形なさぬ虚像。実体を持っていない為、現在は魔神が内側から出て来ることすらない。その扉を開く唯一の方法、それは…

かつてのエリズメイルの変貌に繋がった分断戦の際、ある竜騎士と騎竜が仲間と共に最後まで果敢に戦い斃れた。その際、騎獣の竜玉が決戦の大空から遥か遠くへ落ちて行った。それにはふたりの種族を超えた深い愛が宿り、愛のあまりの強さにアビスシャードが引かれて魔域が生じ、魔域の中にふたりの愛の結晶が生まれた。竜玉は、命と想いを内側に収めた玉…「卵」の象りとなった。

しかしその愛の結晶は、あくまで想いだけの結実。形を持つことはなく、したがって生まれることもなく。「卵」となったものから何も生まれないと言う事は、その殻たる魔域そのものが開く事もなく。それは矛盾に満ちた混沌の宝珠として、落ちて埋もれているのみだった。

エリスは元々戦災孤児であり、共に逃げた集団とははぐれ、たどり着いた町で孤児院に収容された…が。そこは孤児院（ディケンズ式）であった。スポンサーを美名で集めて出資を中抜きし、子供を無知と粗雑で安く養って「出荷」し…と、言うわけだ。

孤児院に入った７歳の頃から持って生まれた美しい金の髪に目をつけられていた彼女は、１４歳の時とうとう「今までとは何かが決定的に違う」身の危険をわからされ…恐怖のままに脱走した（暴れたら｜たまたま《6ゾロの結果だろう》足がパトロンの急所に入り、悶絶するパトロンと駆け寄りへつらう院長らの脇から反射的に逃げて塀の抜け穴をくぐったのだ）。だが、身寄りのない子供の逃げ場なんて街の外にしかなくて。教育を受けた賢い子供であれば、街の外にひとりでうろつくなんて絶対に選ぶまいが…彼女は、そうではなかった。

小竜の名はメイル。メイル＝？？？？？？。名付けたのはもう半身たるエリス。自分のエリスに対してエリズメイルをもじってメイル、それに？？？？？？…ユランアウルクでは守護と祝福の意味を持つ単語を『苗字』として繋げたのだ。苗字の方は、基本的には「伏せて守る秘密の名前」となっている、らしい。

両親から生まれた一体の竜族としての意志を元々持っているが、それとは別に、魔域の中枢のひとつとして多数の竜の魂を内部に抱えている。だから、見たことのない空、感じたことのない想い、知らない言葉がたくさん（彼？彼女？それはお任せしよう）の中を行き来している。果たして、それをどう受け止めているのか…？