「昔の話を知りたい？あまり面白い話ではないけど……まあ酒の肴くらいにはなるか」
「僕の故郷は平たく言えばスラムでね、辺りにはボロ屋と魔動機のスクラップばかりがあって路地裏に入れば死体が転がっているような愉快な場所だったよ」
「そんな場所だったからか物心つく前に両親がいなくなってたし、物心ついてからは僕は立派なゴミあさりになってたわけさ」
「似たような境遇の子達と徒党を組んで……毎日ひたすらゴミを漁って……あの頃は生きるだけで必死だったよ」
「ただそんな場所にも唯一の楽しみがあってね、ときどき、本当にときどき吟遊詩人が来てくれたんだ」
「吟遊詩人の語る英雄譚に僕たちは圧倒されたし、夢中になった。普段はどんよりしてるみんなの眼がきらきら輝いていたのをよく覚えているとも」
「エルクは『太陽の英雄』が好きだったし、ヒートは『弓の勇者』、僕は……おっとすまない話がそれたよ」
「もっとももう語ることはないんだけどね、あとは流行り病で10人が5人になって、事故や怪我で3人に、殺されたりで生き残りが1人になったってだけさ」
「で生き残りは傭兵団に入ってしばらく経験を積んで、アンサインド所属の期待の新人冒険者になることができました。英雄候補アグニの冒険はここから始まる…」
「ありふれた話だなって自分でも思うよ、仮に吟遊詩人が歌ったとしてもチップなんてもらえやしないだろうね」
「こんな話を聞かせてしまってすまなかったね……少し飲みすぎたみたいだ」

「吟遊詩人の語った英雄譚は僕たちを満腹にしたわけでも、状況を改善させたわけでもない」
「でも僕たちはあの物語から夢と希望を、明日を生きる熱を受け取った」
「僕はそんな物語に、人々に夢と希望を与えるような英雄譚になりたいのさ」