少年は、夢を見ていた。

いつも見る、少年を“少年”たらしめる夢。

決して忘れない“少年”が生まれたときの夢。

そして―――





この世で少年が一番、見たくない夢。






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赤い。

朱い。

紅い。

あたり一面が火と血で埋め尽くされた、文字通りの地獄絵図。

昨日まで平和だったはずの少年の故郷は、蛮族の集団による襲撃で一夜にして壊滅された。


大きな手と背中で家と家族を支えていた父も

優しく抱きしめて温かいぬくもりを与えてくれた母も

一緒に仲良く野を駆け遊んだ同い年の友達も


皆、みんな、ミンナ

首を切り落とされて、腸を食い千切られて、身体を踏み潰されて

彼を残して居なくなってしまった。



運が良かったのか、知恵ある蛮族の悪趣味ないたずらか

少年は焼け野原と化した村の中で、ただ泣いていた。


――どうして居なくなってしまったの

――誰でもいいからなにか言ってよ

――お願いだからぼくを一人にしないで


悪い夢なら早く目覚めてほしい。何度も何度も願っても、目の前の現実は変わらない。

たった数時間で、彼はすべてを失った。



やがて顔を上げた少年は、せめて墓でも建てようと歩き出した。
この先アンデットになってしまわないように、亡くなった人にはちゃんと生まれ変われるように、祈りを捧げるために。
大切な人だったものが他の人の命を奪ってしまうのは、何よりも辛いから。

探した住人の遺体のほとんどは完全に焼失しており、骨の一欠片、灰の一粒も残っていなかった。
ぐちゃぐちゃの肉塊になって、顔も性別もわからない人も居た。

しかしそんな中運がいいことに、彼の両親だけはきれいな状態だった。
それを見た少年は、両親に抱きついて思いっきり泣いた。
触れた肌は、酷く冷たかった。



彼はそれらの遺骨、遺体を村の中央の広場まで持っていき、穴を掘ってその中に埋めた。

途中、大切な人を喪ったという悲しさからか、或いは自身の無力さへの悔しさか。
自然と涙が流れて止まらなかった。
子供の彼には、あまりにも荷が重すぎる犠牲。目を背けたくなるような現実。

それでも逃げてはいけない。

これは、決別である。
平和な村という小さな井戸のぬるま湯に浸かっていた自分との、世界の残酷さや無情さを知らない昨日までの弱い自分との永劫の別れを告げる儀式である。
故に、この辛い行為から、この場にいる少年だけは、絶対に逃げ出してはいけない。

少し膨らんだ埋め跡に、墓石を立てる。
そのあたりにあった大きめの石を墓石とし、そこに思い出せるだけの村人の名前を書き連ねる。
そうして、墓の前で神に祈る。

こんな不幸に逢いませんように。
生まれ変わって幸せで居られますように。


そうして祈り終えた少年が、ふと、目に入ったのは。

大きく、荒々しい、無骨な剣とも斧とも取れる、武器。

襲いかかってきた蛮族の中で、最も身体の大きいものが持っていたであろう、暴力の塊。

しかし、少年は何故かその忌むべき鉄塊に手を伸ばしていた。
なにかに語りかけられるように。

その太い柄を両腕で掴み、ふん、と力を入れて引き上げようとする。

すると、どうだろう。


武器は思っていた重量に反して、あっさりと(・・・・・)手に取れてしまった。

片手ではとても持てないが、両手で持てば割と自由に扱える。
力のない少年はこの瞬間、敵を打ち倒す手段と力を得た。


そして、少年は―――――


復讐を、誓った。



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夢はそこで終わりを告げる。
誓いの再認識が終了する。
頭の奥にズキズキと痛みを感じながら、少年は目覚める。
あのときの痛みよりはずっと小さな痛みだが、
何度見ても気分が悪い。
夢とはいえど、家族が、自分の知っている人が、悪意ある力によって逝ってしまう光景を毎度のように見てしまうのは辛い。
その度に、心の中の怒りが、憎しみが。段々と広く、大きく、深くなっていく。
それでも、それでも。
ここで少年が生きることを諦めてしまったら。
ここまで手を血に汚していながら復讐をやめてしまったなら。
それは産み育ててくれた家族への、あの村の皆への侮辱になる。
すべてが無駄になってしまう。あの誓いが嘘になってしまう。
もらった命は最後まで使わなければ、顔向けできない。
大切な村の皆と自分を繋ぎ止めるものが、もうそれしか残っていないのだから。
だからこそ少年は生きる。
たとえそれが、どれだけ修羅の道であったとしても。
少年はもう止まれない。止まることを許されない。
ブレーキすら壊れ、既に狂ってしまっても尚、止まらずに走り、命尽きるまで生き続ける。
この、残酷で理不尽な世界で。すべての蛮族を、滅ぼすために。